②泣くから悲しいのか、悲しいから泣くのか

 

・刺激ー反応系

 

ここで人間の感情や心の世界はどのように生み出されるのかを見てみましょう。 

脳科学、神経生理学的にはジェームズ・ランゲ説として知られる刺激—反応系という考え方があります。

 

泣くから悲しいのか悲しいから泣くのか。みなさんはどう思われるでしょう。一般的には悲しいから泣くという、自分の内側の心があるからこそ、それが身体を通じて外に表現されると思われています。

しかし、神経生理学的には実はそれは逆で、泣くから悲しいのであるということがほぼ証明されつつあります。(リベットの実験など)

 

これはどういうことかというと、例えば親しい人が死んだという事象があると、身体がその知らせに反応する。表情が変化し、涙が出る、泣き声を発する。この身体の変化を情動と呼び、この情動を「悲しい」のだと知覚することを感情と呼びます。

 

普通は悲しいという感情体験が「泣く」という身体変化を引き起こす、と思っているでしょう。悲しいという原因があって、泣くという結果があると考える。悲しいという主観的経験と泣くという身体変化を因果関係で結んでしまうのです[2]

 

脳科学者のA・ダマシオは「特定の脳システムを活性化させ、特定の心的イメージを生み出す一群の身体状態の変化を情動と呼び、感情とはその身体状態の変化を言語や視覚的イメージ、体感を認知することをさす[3]。」としています。

 

このように、人間の感情や心は刺激から生み出されるのが神経生理学的な事実であることが分かります。

 

・情動と感情—幸せに生きるために

 

ここでの情動とは、刺激を通じて身体に現れるホルモンや神経伝達物質、電位の変化などの物質的な変化をさします。一般的なエモーションのような定義とは違うのをご注意ください。何かしらの刺激が身体に加わることによって物質的な変化が身体には起こります。

 

情動は基本的に快と不快、交感神経刺激か副交感神経刺激の2種類に分かれます。それぞれ交感神経と副交感神経を刺激する多種のホルモンがあり、これらが情動と呼ばれるものです。

 

そして、これらの身体的変化を人間は5感を通じて知覚することができます。顔を歪めたり、痛いと表現したり、これが感情と呼ばれるものです。

 

情動があっての感情なのです。このことから、人間や生物が心地よく幸せに生きるには、快感物質を出す様な情動を受けるかによるということが分かります。

 

情動による身体変化は神経生理学の観点から変えられないと思われるかもしれませんが、人間には思考や理性という大脳皮質が担う機能があり、思考を通じて感じることが出来るのです。(プラセーボ効果など)

 

これらの知識や実践を通じて、いかに私たちが幸せに心地よく生きることができるかを伝えていきたいと思います。


 

[2]知・情・意の神経心理学 p30

[3]デカルトの誤り p230